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フィッツジェラルドが描く金持の青年(THE RICH BOY)
フランシス・スコット・フィッツジェラルドの『金持の青年(原題:THE RICH BOY)』が、筑摩世界文学大系【92】近代小説集2に、野崎孝訳で収録されてるのを読んだ(のは2010年頃)
2時間ほどで読了したこの短編は、主人公の金持ちの青年アンスン・ハンターの半生の話で、主題はアンスンが結婚しそびれて三十路を迎える過程にある
要するに、なぜアンスンは結婚できないのか?
読んでる途中で気付いたが、これは原題のTHE RICH BOYの訳が「金持ちの青年」てのが、間違ってる?(野崎孝氏に失礼だが・・・)でも新潮文庫『フィツジェラルド短編集』では、同じ野崎孝訳なのに「金持の御曹子」と変更されてるのだ
- 氷の宮殿(The Ice Palace)
- 冬の夢(Winter Dreams)
- 金持の御曹子(The Rich Boy)
- 乗継ぎのための三時間(Three Hours Between Planes)
- 泳ぐ人たち(The Swimmers)
- バビロン再訪(Babylon Revisited)
岩波文庫の短編集だと訳者は佐伯泰樹(やすき)で、「金持ち階級の青年」と訳してる
- リッツ・ホテルほどもある超特大のダイヤモンド
- メイ・デイ
- 冬の夢
- 金持ち階級の青年
- バビロン再訪
- 狂った日曜日
確かにアンスンは大金持ちの家に生まれついたのだが、そこにぶらさがって生きてなくってよ、仕事で能力を発揮して自らも稼いでるから、金持ちではあるがむしろ勤勉な労働者であって、「御曹子」とか「階級」とかって違和感を感じるのだがね
多少酒癖は悪いようだが、それ以外は金の遣い方も実にキレイなモノで、困ってる友人を助けて成功に導いたりしてるのだからして、「金持ちの青年」と聞いてすぐさま想像するような、労働に縁のナイ、向上心のナイ、思い遣りのナイ・・・ナイナイ尽くし、でも金だけはある、なんて男ではなく、その境遇以上に気質にも恵まれた男なのだ
だからTHE RICH BOYというのは、THE POOR BOY(貧しい青年、可哀想な青年)の反語で、「恵まれた青年」が正しいのではなかろうか?!生まれつき恵まれてるけど、そこに甘えてダメにならない気質にも恵まれた青年・・・ではなぜ「恵まれた青年」が結婚できないのか?
さて、人はどうして結婚できるのだろうか?またある人はなぜ結婚できないのだろうか?
結婚する目的は愛のためでも生活のためでも、それはどちらでも好みで構わんが、とにかくそれによって幸せになるコトにあり、人は幸せになりたいと願いながら生きる生き物だから、現状より幸せになれると信じて人は結婚するのだ
換言すれば、結婚の決意ができないとしたら、現状維持の方が幸せだと思えるからに他ならんて
アンスンは当に後者だろうて、既に恵まれてて十分幸せなのだから、それ以上に幸せになりたいと考える余地が無く、結婚した後の現状より魅力的な状態がまるで見えてこないのだ
しかも更に拙いコトに、アンスンは結婚して幸せになるはずと素直に夢想してるんだから、タチが悪い!
そしてもっと根本的な問題もある、アンスンは相手の女性に対して情熱が無い、彼女がいなきゃもれなく不幸だ!!なんて思える程に女を狂おしく愛せておらんて・・・
そうして躊躇してる内に他の男にとられてしまったって、ここでまたアンスンは無駄に性格の善さを発揮して、奪い返す気なんかまるで起きずで、羨む気さえも起こさずだ
まあ何もアンスンほどの大金持ちでなくても、母親が家事をやってくれるか、もしくは自分でこなすのに労苦を感じなければ、日々の生活を不幸が身に沁みない程度には楽しく過ごせて、特定の女に対してだけ慰めや癒しを求める気持ちは、薄らいでしまうんではなかろうか?
いや、そういう男だって、幸せにしてあげたいと思えるような、薄幸の女性にでも出会えば丸く収まるだろう
しかしそんな出会いがなければ結婚せぬままで、あっという間に三十路を迎えるのだ、尤も現代日本においてこそ、そうして四十路も五十路も迎えてる男が大勢いるがな
で、男女共に歳を食うほど、つまらぬプライドに縛られてしまい、恋愛も結婚もどんどん難しくなるのだが、そこでどうしても結婚しなくちゃならないワケも無く、焦ってどうにかしたいとも思わんからね、うむ、自分もそうだ
生真面目に婚活していようが不埒に遊んでいようが、結婚前にはお互いにダメ出しせずに、結婚してからダメな部分に慣れたり諦めるのが、正しい結婚の仕方だとしたら、アンスンほど恵まれておらずとも、わざわざ結婚したくないのが本音だろうて
それでも好きだと思える人なら、一生かけて相手の素晴らしい部分を発掘しなくちゃって、専属のポリアンナ(=好いトコロ発掘隊員)になるのを決意して、日々、取り組むのは悪くない
ところで同じアメリカの作家アーネスト・ヘミングウェイは、この物語に異を唱えた!金持ちの解釈が間違ってるのだそうだ!!
そして自らの作品『キリマンジャロの雪』で、そこに言及してるらしいのだが、この映画を何度も観てるはずなのに、その該当する部分が全然思い当たらなくってよ?!
そんなヘミングウェイは、アンスンほどでなくてもそれなりの金持ちの子息で、作家やジャーナリストとして成功してるし、「恵まれた青年」だろうて・・・
しかしそれでいて4回も結婚してるのだから、その結婚できるかどうかの決定的な差異が何かを、ヘミングウェイはわかってたのかも?!ハリウッド映画じゃエンターテインメント的に脚色されてて、肝心の部分が抜けてるかもだし、やっぱりちゃんと読んでみた方がいんじゃん?
うちにあるヘミングウェイの本は筑摩世界文学大系のフォークナー/ヘミングウェイの巻だが、これには『武器よさらば』しか収録されておらず、電子書籍で買おうかとも思ったが、短編が収録されてるかどうかを探すのは骨が折れるので、本屋で手に取ってみて直感で買おうと本屋へ・・・そして買ってきたのがちくま文庫の『ヘミングウェイ短篇集』で、訳者は西崎憲(けん)
- 清潔で明るい場所(A Clean, Well-Lighted Place)
- 白い象のような山並み(Hills Like White Elephants)
- 殺し屋(The Killers)
- 贈り物のカナリア(A Canary for One)
- あるおかまの母親(The Mother of a Queen)
- 破れざる者(The Undefeated)
- 密告(The Denunciation)
- この身を横たえて(Now I Lay Me)
- この世の光(The Light of the World)
- 神よ、男たちを愉快に憩わせたまえ(God Rest You Merry, Gentlemen)
- スイスへの敬意(Homage to Switzerland)
- 雨の中の猫(Cat in the Rain)
- キリマンジャロの雪(The Snow of Kilimanjaro)
- 橋のたもとの老人(Old Man at the Bridge)
原題が併記されてるのは何か調べる際に便利なので、目次を見た瞬間にこれに決定
更にこんな本を見つけてしまったが、奥付が2023年の11月って出たばかりじゃん?!中公文庫の『フィッツジェラルド10傑作選』で村上春樹訳!思わず目次を見て確認したよ、まずTHE RICH BOYが入ってるのかと、入ってたらタイトルを何て訳してるのか?
- 残り火
- 氷の宮殿
- リッチ・ボーイ(金持の青年)
- カットグラスの鉢
- バビロンに帰る
- 冬の夢
- メイデー
なるほどね、感心したので買ったわ